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神社の習わしに今年は従おう
間違いの初詣でした、神社の習わしは古来からの、結ばれた世界であったが、するかしないかで、人間とケダモノとの差にわかれます。
気がつかないの、もやむを得ません。
するかしないか、決めるのは自身なのですから。
新年もこれまでは、神社の習わしにはいたって、おりません。
決めるのは、あなた自身なのですから、運は次第です。
「神社の習わし」
これは法といいまして、律ではありません、この律とは憲法の法律のことをいいます。
ここでも現代は、まちがいを、していますね、法はないのです、憲法には?
仏法では戒律としています。
このような、ことを、基盤にしている現代の参詣は、正しくありません。
それはあなた方自身で決めているので、どうあるかは、神はかかわりません。
日本には神のならわしという法がありました。
風習とかいいます。
新年の初詣はここにあります。
正しくなければ、無意味でしかありません。
ここで正しい神の新年は、福岡県朝倉郡夜須筑前町篠隈五三六の児島宮に、新年の初詣にいくのが、「神社の習わし」でした。
ここに遷座する前は、伊勢その前が熊野でした、が今は福岡県朝倉郡夜須筑前町篠隈です。
それは天子が行う神まつり、が根幹なのです。
ネットで探索して確かめてください。
東京の明治神宮や靖国神社は明治という天皇を名乗るが、神とは無縁です、ですから神社でもありません。
古代の中国でも自分から王を名乗ったりしていましたね、日本でも天皇を号した人物がありましたが、これらも、皆神から与えられた呼び名ではありませんでした。
ですから神社とは呼べません。
王とは軍隊を統率する事を王とか天皇とか、呼んでいて、神に関係なしに、神のまねを、していたのですね。
ですから、関係ないのは神社ではありません、それを勘違いして、新年の初詣としているのは、あなた自身が決めているのです。
http://www9.ocn.ne.jp/~aysk535/miya1.html
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